「君たちはどう生きるか」にロクな書評が見当たらない件

職場プレス編集長の石川です。

巷では「君たちはどう生きるか」がベストセラーの仲間入りをしましたね。

「子どもに読ませました!」

「人生の指針になる本です!」

「考えさせられました!」

という称賛の声。

「そもそも時代が違うからピンとこない」

「考え方を押し付ける傲慢さが嫌い」

「文体が古くて読みづらい」

という否定的な声。

 

肯定派・否定派のどちらもネット上ではまともなレビュー・書評をあまり見かけません。

今回は一躍有名になったこの書籍とどう向き合うべきかをお伝えしていきます。

 

ちなみに読書をして否定的な意見を言う人はだいたい分類すると

・自分とフィーリングが合わないからとりあえずディスる派

・売れてるから嚙みついとく派

・そもそも何かから学ぼうと言う意識が希薄派

今回はこの領域については、「君たちは〜」の本題とは関係ないので放っておきます。

1.「考えさせられました!」という毒にも薬にもならない数多くの感想

肯定派の圧倒的多数を占める感想・書評は「考えさせられました!」という、毒にも薬にもならないものです。

せめて、どの部分の文章で、どのようなことを感じ、何を考えたのかを示せ、と思います。

 

そして、その感想は「思考する」という究極の能動的行動を、本によって受動的行動な強制させられているだけです。

「考えさせれました!」=「僕、自分で考える力がありません!」だから気をつけて。

しかもそれが悪いのは「考えさせられた!」という書評を見かけたさらに思考力の乏しい人がこの本を読んで、学んだことや感想が浮かばないから、「考えさせられました!という感想を目にしたので読んでみたのですが、本当に考えさせられました!」とか言い出すから。もう悪夢か。

断言する、お前は何も考えていないし、考えさせられてもいない。

ただブームにのっかっただけだ。

2.「どう生きるか」の意味

本書は日本国民文庫という青少年向け作品群の「倫理」を担っています。

戦争の匂いがする昭和初期において「倫理」を体現しているのです。

 

一方で現在のブームは、「倫理がどうこう」という話ではなく、大人達が「読み逃してはいけない」という強迫観念から群がることで巻き起こしています。

たぶん、ブームを支えているのは、数年前に大流行して、大多数が読破できなかったトマ・ピケティ著「21世紀の資本」と同じ読者層。

とはいえ、なんにせよ本が売れることは良いことです。

 

ですが、「考えさせれました!」ではあまりにももったいないので、この本を実生活にどう取り込んで行くかを考えていきましょう。

まず、「どう生きるか」という問いは、「何を考えてどう行動するのか」という言い換えができます。

そして「考え、行動する」ための指針として本書が提示されます。

さらに社会人にとって「生きる」ために不可欠なことは「働く」ということです。

つまり、本書からは「働くための指針」を読み取ることができます。

 

すなわち、「どう生きるか」=「何を考えてどう行動するのか」=「どんな信念を持って働くのか」ということです。

くどいようですが、「考えさせられました!」という感想を言うためでもなく、すぐ忘れてしまうぼんやりとした心構え的な何かを得るためでもありません。

3.「俺たちはどう働くか」という問い

本書は、コペル君の体験に対して叔父さんが抽象度の高い言葉で深掘りをしていく、という構成になっています。

社会人である我々は、2つの読み方があります。

・コペル君の物語を楽しむという小説としての読み方

・抽象化された考え方を仕事に活かすというビジネス書としての読み方

このビジネス書としての読み方が、社会人たる我々に役に立つ読み方です。

実際には下記の3ステップで読み込んでいくと良いでしょう。

①まずは、「コペル君の体験」を「自分の職場や会社で起こること」に置き換えてみる。

②それについて「叔父さんの考え方」を当てはめるとどのように仕事に活かせるかを考える。

③最後に実際にその考えを実行してみる。

こうすることで、本書を知識として読むのではなく、体験をすることで経験値を上げていくことができます。

 

4.小説版と漫画版のどちらを読むべきか〜おまけ〜

最後に、小説版と漫画版のどちらを読むべきかをお伝えします。

いきなり結論ですが、絶対に小説版を読んでください。

裾野を広げるという意味では漫画版の価値がありますが、「漫画の文法に則っていない」という大きな欠点があります。

究極にいただけないのは、「おじさんのノート」の部分がごっそり文章としてそのまま掲載している点です。

気持ちは分かるがここを漫画的表現にしないと意味ないです。

せめて手書きにしないと。「手書きのノート」という設定のものが、機械的な文字で書かれているという違和感たるや。しかも、「ノート風の枠」と「それを持っているコペル君の手」は描かれいるのがさらに鼻につきます。

「デスノート」あたりを読んでから文字の表現を考えて欲しい。

 

あと、漫画ならではの改変は分かるんだけど、「えぇ!?そこ省いちゃうの!?(水谷君のお姉さん)」とか「そこの設定を変えちゃうと時代的な閉塞感が無くなって随分と卑近な話になっちゃうけど!(上級生が山口の兄ちゃんという設定)」というのが原作を読んでからだとノイズになってしょうがない。

 

ただ、志は分かるので小説版への橋渡しの機能としては十分に役目を遂げたと思う。

個人的には、学びを目的にするのであれば小説版(原著)だけでOKだと思います。

が、活字が苦手な人は漫画版を読んで、あらすじを掴んでから小説版を読むといいです。

お手軽に漫画だけ読んで「これ読みづらい」とか「押し付けがましい」とか言うのだけは避けましょう。

 

次回の記事より、各章ごとからの学びと仕事での活かし方を具体的にお伝えしていきます。

ご期待ください。

 

左が漫画版、右が小説版。右がおすすめです。

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